2008年2月8日金曜日

私の好きな本⑨須賀敦子「ミラノ 霧の風景」

須賀のミラノ育ちの短い時間しか連れ添えなえなかった夫は「ずうっと肺臓の奥深くまで」霧を吸い込むとミラノの匂いがする、という方言の歌をよく歌ったという記述がある。
ミラノのイメージはこれまで、ドゥーモとおしゃれなミラノコレクションのイメージだったのが、須賀のおかげですっかり霧と「鉄道員」の世界のイメージに変貌した。陽気なイタリア人でなく、ここに登場している、特に“鉄道員の家”に登場する人間は貧しさや悲しみが霧の中に浮かび上がる。
須賀はミラノでエトランゼとしてではなく、全くイタリア人の中に生きた人である。須賀のイタリアでの13年はまさに重い庶民の生活感の中にあった。そして、それが力強い文章として結晶している。
この本の解説は池澤夏樹が書いている。池澤は須賀のイタリアでの生活について、「彼女はイタリアで大変よい生活を送った。よい生活とは、・・・落ち着いて見るもの、聞くものに誠実に接し、着実に暮らした・・・」と記述している。
懸命に、よりよく生きようとしたことが、文章から匂ってくる。
須賀の本の周りには、この池澤をはじめ、西脇順三郎、村上春樹と私の気に入っている人がたくさん出てくる。そんなことがちょっとうれしかったりする。
こんな文章がある。
“切り立った断崖の道をヴェネツィアにむけて走る汽車の窓から、はるか下の岩にくだける白い波しぶきと、帆かげの点在するサバの眼のように碧い海が、果てしなく広がっているのが見えた。”
風景が目の前に広がってくるような表現に思わず目を閉じる人も多いはず。

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