2009年1月31日土曜日

今週の注意点

・リードをマウスピースから少しはみ出すぐらいの位置につける。これによって飛躍的に高音が出やすくなった。
・リードをそろそろ3にという指示。早速買って帰る
・キーをたたかない
・高音は息の量を少し減らす、深めに咥える
・高音は前髪を吹く上げるぐらいの感覚で、低音は下向きに

3人の共通点は

ブローディガン、サリンジャー、ソロー。「隠遁」という言葉が頭をよぎるが、アメリカの作家でアメリカらしくないともいえる。少なくともフィッツジェラルドやカポーティとは異なる。また、いつか考察を要する。

コーヒーの淹れ方

<粉の量>1杯分の抽出量を100~120ccとして、2杯淹れるときは20gで、1杯では12g、3杯の時は27gくらいを基準とする。
<淹れ方>湯温は、95~98℃。蒸らし時間は、30~40秒。抽出時間は、蒸らしの時間を含めて、3~4分で、1杯でも、3杯でも、この時間で抽出するようにします。
<お湯の注ぎ方>お湯は出来るだけ細く静かに、落ちるお湯で粉が掻き回されないようにし、液面を上げ過ぎないことです。また、紙フィルターの内面に付いているコーヒー粉の壁を壊さないように、紙フィルターの内面近くにはお湯を注がないことです。

一音一音正確に、魂を込めて

今日、ボイスレコーダーを買ってきて、早速練習を録音する。
ふらつき、音の長さ、特に長いところは音符通りしっかり伸ばす、タンギング・・・、吹く音が一音ずつなので、正確な音を出すということが大切で、ごまかしがきかないということを感じた。その上で魂を込め、ノリをもって吹くということ・・・・、一音一音だからよけに難しいこともある。

「平野」のお弁当

京都錦「平野」のお弁当。東急のFoodshowで調達してから会社へ昼出社(1/28)。
これを調達するために、みなとみらい線を関内から日本大通まで歩いて乗り・・・・。酔狂なことです。
しかし、丁寧なお弁当でうれしい。

今週の外食

(月)夕:jack cafe ハイネケン、ワイン、フレンチフライ、(火)昼:升本弁当、(水)昼:平野弁当、夜:さんたて、(木)昼:昼からジャズの聴ける「橋の」で豚生姜焼き、そのあと山野で昼練習

2009年1月30日金曜日

国家戦略における思考のワークデザイン

とりあえず、どういう領域で日本の国家戦略を考えていくべきなのか、まずそこからだ。
自分の能力を超えるテーマなのではあるが、このテーマを思いついてしまったのだから、少し考えてみよう。国家戦略として考えてみるべきことをあげてみよう。
①農業自給率
②エネルギー自給率、加えて資源問題
③自衛、あるいは防衛、その可能性も含め
④経済政策、そして企業のあり方、利益主義の問題、輸出と内需、民主主義と市場主義の問題
⑤創造性教育
⑥人口問題、人口減少より構造変化への対応、高齢化社会の生きがい
⑦環境問題
⑧外国語教育
⑨世界政策、国連政策
⑩政治のあり方
病気の問題、文化の問題、地方の問題、医療問題・・・・・、もっと国家戦略を考える上で考えるべきことはたくさんあるだろうが、少しずつ考えてみることこそが重要だ。

2009年1月28日水曜日

アメリカの鱒釣り

75年1月初版で80年3月の13刷を購入。読み通した記憶がないからので、通過したのだろう。そして25年後、05年8月に文庫本としてはじめて発行されたが、このときも読み通せてない。というわけで、3度目のチャレンジ。とても読み通せないという読者の感想もあるようだが、理解しようとするとしんどい。固有名詞も壁。シンプルなアメリカの気配や気分・空気感といったものを楽しむべきか?”ストップ、メイキング、センス”(いちいち意味づけするのはやめようぜ)と柴田元幸が誰かの言葉を借りて言っているが、そうなんだろう。
冒頭の「アメリカの鱒釣りの表紙」で言葉を拾うと、
・大理石語・H・D・ゴクスウェル(無数の芸術的価値の乏しい銅像を建てたらしい、はて?
・土台の四つの方向に向けて”ようこそ”の文字・アドレイ・スティーヴンソンとは誰?
・サンドウィッチの中身はほうれんそうの葉がたった一枚
・ベンジャミン・フランクリンの自伝を読んでアメリカについて学んだのはカフカだったかな
まあ、こんな風だから読み通せない人がいても不思議はない。

2009年1月27日火曜日

「おかしな時代」津野海太郎

NHKの土曜「週刊ブックレビュー」ではじめてお目にかかった。
津野海太郎、はじめて名前を知ったが、恐るべし!
464Pもある本を、興味の薄い演劇部分は飛ばし読みとはいえ、丸一日で読破。こんなに集中して読んだのは久しぶり。60年代から70年代にかけて、僕たちよりは一世代上の時代の“熱さ”を感じる。僕たちは“三無主義”っていわれてたしね。
少し時代のズレがあるとはいえ、この本には僕の若いときに影響を及ぼした出版社や人、その他の固有名詞がずらっと並ぶ。晶文社、未来社、片岡義男、小林信彦、藤本和子、山口昌男、西江雅之、長田弘、ナットヘンホフ、ブローディガン、植草甚一、早川義夫(「僕は本屋のおやじさん」“就職しないで生きるには”シリーズーこのタイトルに惹かれたもの)、ターケル(「仕事!」)、ガロ、宝島、南国酒家(渋谷の桜丘にあったらしい)、中華第一楼(銀座)・・・・、そうそう、会社に入った頃?は大学時代のドイツ文学から転向(?)して、こんな人のものばかり読んでたように思う。
アングラからサブカルへの入り口か?
こういうところに、青山南とか雑誌「ニューヨーカー」とかは話題に入ってこない。
「プガジャの時代」「ポパイ物語」、そしてこの「おかしな時代」。似た熱気、“先頭集団感”、金欠・・・・。語るべき“時代”だった。現代は30年後に語るべき時代となっているのだろうか?

2009年1月25日日曜日

二人の「かりん」ちゃん

1/25の「走れ、ポストマン」は、埼玉に住む「花梨(かりん)」ちゃんが、生まれてすぐ別れたままのソロモン諸島に住むお父さんが元気かどうか心配して・・・という企画。
やっと見つかったお父さんには、新しい奥さんと子供が、ナーバスな状況を萩野崇が上手に気を使いながら話を進める。
なんと、新しい奥さんとの子供にもお父さんは奥さんの許しを得て「カリン」という名前をつけていたのだ。新しい子供にも「カリン」という名前をつけて、別れた「花梨ちゃん」のことを思い続けていた。
本当の話だろうかと思えるぐらい素敵な話。

今週の外食

(月)昼:ポークカツ(溜池山王)、夜:同源楼の中華、百合根とエビの炒め物、牛肉、豆苗の炒め物・・・安くてうまい!、(火)昼:あなご天ぷらつきせいろ、夜:最近お気に入りの広島付け麺、0.5玉、野菜のせ+ごはん、(水)昼:牛の切り落とし、夜:枝川の「大喜」の焼肉、(木)昼:日本橋三越「紅はし」の寿司、まぐろ、あなご、いくら、うに、子持ちのしゃこ・・・おいしい!が3500円ほど、(金)昼:牛のカルビ焼き、正月以降充実しています。

2009年1月21日水曜日

ローリングストーンズ「シャイン・ア・ライト」

@六本木のシネコンは午後3:45の回とあってガラガラ。もうローリングストーンズなんかでは人は集まらないのか。こちらもローリングスローンズには思い入れはないので、大きな期待はなく見はじめて、はじめの方はビールも飲んだりしたので寝てしまう。
映画はコンサート+インタビューという構成。ストーリはない。
しかし、この映画を見ているうちに「ローリングストーンズもいいもんだな、いやいや、すごいんじゃない、ちょっとキースはいかれているけど」という風に変わってきた。ミックジャガーも60代?少なくとも肌は老いているが、体型は保ち、歌も動きも素晴らしい。沢田研二とは大違い。なかなかの興奮もの。
あと、カメラワークが素晴らしい。カメラを何台使ったのだろう。そして会場が素晴らしい。NYのビーコンシアターというとこらしいが、06年に2日間に渡って撮影されたとのこと。観客はそんなにいないがどんなにか素晴らしかっただろう。
あと「ステージでは”感じる”ことが大切」という発言が残った。
このビデオはいつ出るんだろう。帰りにTSUTAYAに寄ったが、ローリングストーンズのDVDがない。若いときと60代になってからは違うのか?

2009年1月18日日曜日

ユルスナールの靴

読むのは2回目であるが、依然として難しい。
冒頭の”きっちり足にあった靴さえあれば、じぶんはどこまででも歩いていけるはずだ。”という極めて印象的な一文に心を奪われて、この書物に入っていくものの、ヨーロッパ文化にもキリスト教にも疎い自分には読みきれない。
旅・ノマド・・・、ユルスナールと須賀には共通するものがあり、ユルスナールに向かわせたのだろう。かなり晩年になって須賀はユルスナールに入って行ったようだから、ユルスナールの自伝の翻訳にまで行きつかなかったのだろう。残念である。このフランスに生まれ、アメリカの寒い荒野で生涯を終えた女性の自伝を須賀の翻訳で読みたかった。
“一人の女性が世の中の流れに逆らって生き、そのことを通して文章を熟成させていく過程が、かってなく私を惹きつけた。ユルスナールのあとをついて歩くような文章を書いてみたい・・・。”
「ついて歩くような文章」とは最大限の賛辞である。
「ユルスナールの靴」のあとがきを書いている多田智満子さんについては、あとがきでは余りいい印象を持たなかったのだが、須賀が死んで5年後、同じ病気で亡くなっている。須賀の1年あとに生まれ、ユルスナールに惹かれた2人の対談を読んでみたかった。
須賀の表現の中では比喩的表現に面白いものが多い。
”フランドル地方の、あのくすんだ家々のファサードを作り上げた煉瓦職人の緻密さで再構築していく”とか、”濡れた新聞紙みたいにぼってりと自分を包み込んでしまう沈黙が破りたくて”とか、”ガラスの靴を片いっぽう、よその家に置いてきた貧しい少女のように、心残りなままで”など。
他の著作でもこういう表現はずいぶん見られたように思う。

根岸線ブログ用取材


新杉田→本牧→桜木町→(大岡川沿いに)弘明寺→上大岡で33.35K。
腰痛を抱えてのだましだましの走り。帰りは雨も降りそうになり、急いで帰路に。
今日のサイクリングの目的は「根岸線」ブログ用の残った3駅、石川町、関内、桜木町と3駅の周辺の取材。
お腹がすいたので、本牧からシーメンズクラブにまわるが、まだ11:15で開店15分前。15分も待てないのかという感じだが、寒空の下では待てず仕方なく走る。
石川町駅周辺取材。関内駅周辺では昔住んでいたマンションまで行く。近くのしょぼいゴルフ練習場はまだ営業中。関内では貴重な存在かもしれない。
桜木町と横浜の間の高架下にあるラーメン屋をめざすが、お腹がすいて唐桃軒があいていたので、途中下車。今日はみそチャーシュー。何といってもこのお店はチャーシューである。写真は唐桃軒のみそチャーシュー。スープは途中からにんにくを入れると、これまたおいしい。

2009年1月17日土曜日

今週の外食

(火)昼:カキフライ、(水)夕:韓韓麺でテンジャンメン、(木)昼:同源楼、汁なし中華そば、なす、トマト、卵、(金)昼:鴻運楼の中華定食(エビ、イカ、貝柱入り卵いため、卵4個?)、ちょっと今週もヘビーか?

2009年1月13日火曜日

自己責任

この20年「自己責任」という言葉でずいぶんだまされてきたと思う。「自己責任」という言葉は本来美しい言葉だったはずが、欺瞞に満ちた言葉に変貌してしまった。
自分の財産は自分で守る、自己責任、そしてそのための投資信託、老後の年金も自己責任で、「自己責任」という言葉の背景の”わな”に無防備な日本人はだまされたのだ。
安全も「自己責任」の時代、だからセコムで。・・・どんどん「自己責任」の領域が拡大する。
これは、”自己責任で、国や企業の責任ではありませんよ”という無責任は表明を許してきただけじゃないか。結果、金融機関や警備会社が儲かることになる。
財産についていえば、「自己責任」は増分についてのものであるべきではなかったか?大幅な元本割れを吸収できる個人はほとんどいない。
きっと「自己責任」という言葉に日本人は弱いのだ。「責任を果たしてない」といわれることに極度な恐怖を覚える民族なのだ。「自己責任」を問われる領域なのかどうかすら吟味せずにね。
「自己責任」という言葉が出てきたら、まず疑って掛かる必要があるということを肝に銘じよう。

2009年1月12日月曜日

伊那谷の老子

加島祥造のこの本を読むのは2度目。この前読んだ「赤毛のアン」と何か共通点があるような気がして読んだのだが、その共通点がどこにあるのか到達できていない。「自然体」ということはひとつのキーワードのようだが。気になった言葉は以下。
・気取らずに、もっと自由に生きよう
・「閑」という字は門にかんぬきを掛けて、その中にいる主人は自分を世間から取り戻して自分の時間の中にいるということ
・老子=自由で奔放な哲学
・孔子と老子の「徳」は異なる。老子の「徳」はパワー
・現実では、世間の固さと強さの原理に支配されている
まだ、「赤毛のアン」との共通点に到達しないが、直観で感じたものには必ず答えがあるはず。もう少し、加島祥造さんの老子の本を読み進めてみよう。

ベイサイドマリーナ

年末に撮影し忘れた新杉田駅の撮影とベイサイドマリーナにコートを見に行った。打越→新杉田→ベイサイドマリーナ富岡→洋光台で14.94K、腰の具合も良くないのでこれぐらいで。ベイサイドマリーナは見事な天気で写真だけ見ると真夏のよう。

今週の外食

(月)昼:今年の出勤初日、桜花亭の酢豚、(火)昼;タイ料理のバイキング、(水)昼:ほっけ、夜:広島つけラーメン、少し味は濃いがおいしい、野菜たっぷりトッピングで、麺は240gと多い、(木)昼:同源楼の野菜定食、(金)昼:韓国家庭料理、チャプチェとプルコギ、「ウェルビン」、夜:串揚げ、今週はなかなか赤坂豪華版の一週間、しかしカロリーオーバーか?

2009年1月5日月曜日

赤毛のアンに学ぶ幸せになる方法

本屋さんで平積みになっている茂木健一郎さんのこの本が、まさか著者が小さいときからの愛読書であって、その後も心の中で生き続けていた本であったなどということが冒頭に書かれていようとは夢にも思わなかった。そして、茂木さんがカミングアウトしたという書き方をしているが、この本のおかげで私もカミングアウトできそうである。
読みはじめて、思いがけず感動して、そして妙な恥ずかしさがあった。子供だとしても男の子が読む本ではないし、まして大人が読む本でも、感動する本としてもふさわしいとは思えなかった。そのことが、妙なことなのだが、感動していながらなかなか読み進めないという妙な事態を招いた。これがこの本を見つけて、一気に読了にこぎつけた。安心して・・・、である。
この本の魅力は私にとってのもう一冊のお気に入りの少女小説「家なき娘」にも通じるところがあるように思うが、共通点についての言及はまたの機会にしたい。
アンの素敵なところは、ひたむきでけなげで、まっすぐなところ。純真で眩しすぎるぐらいに。真摯な自分を貫くところ。現代社会はいろいろなことに惑わされすぎている。茂木さんは「赤毛のアン」の正しい読み方を教えてくれている。
気になった文書を以下に記す。
・「想像の余地」:情報過多で想像力が広がらない?
・現実的な豊かさは想像力を磨耗させる
・クリエイターという人種は子供時代の輝きや自由奔放な想像力を失うことなく、大人としても何とかバランスをとろうとしている
・時折自分がかって心動かされたものと、その意味に立ち返ってみることが重要

カラダで感じる

スキーをするようになって、風を切ってすべり、雪をスキー板で感じることの快感を知った。雪面のでこぼこがいとおしいとでもいうような感覚。
釣りは魚が餌を突っついている感触から、掛かったときのピクピクからグッと持っていかれるまでの魚の大きさや食いつきの性質によって程度は異なるが、あの手ごたえ。
自転車はペダルの感触とスキーと同じ風を切って走る感触。
そしてアルトサックス。こちらは吹き込む息の量・強さ・スピード・方向などによって、吹き込む息が生きた音色に生まれ変わってくる。
道具を自在に操作することで得られる”カラダで感じること”、よりプリミティブな「感触」感とでもいうべき方向に魅せられている。

2009年1月4日日曜日

時代の「心情」のありか

マーケッターがまず掴み取るべきことは、今の時代、大きな方向としてどういう「心情」が求められているのかということである。いわゆるソーシャルインサイトということである。個別の課題の答えは、バックグラウンドに対する理解によって大きく異なるはずだ。そして時代の「心情」を掴み取るための自分なりの方法論、自分のやり方での定点観測など、を持つことが必要なのだ。

黒木メイサと南沙織

同じ沖縄生まれだからだろうか、こう二人は似ている。南沙織1954年生まれに対して、黒木メイサは1988年生まれ。何と34年も違うが、全体的な感じ、清々しさ、凛々しさ、おでこの少し出た感じなど、何か共通のものを感じる。
黒木メイサはクォーター。沖縄アクターズスクール出身。

煮干のだし

煮干し25グラムに水を1リットル用意する。煮干しは頭と腹の部分をつまんでわたを取り、真ん中の骨の部分から半分に割っておく。時間のあるときにまとめてとっておき、密閉容器に保管しておくと便利。
・頭とわたを取り除いた煮干しを分量の水に一晩漬ける。(できればでいいです)
・鍋に移し替えて弱火で10分ほどコトコト煮る。(沸騰させるとアクと臭みが出るので注意する。)
・最後にキッチンペーパーなどで漉して出来上がり。
※香ばしさがほしいときは、だしを取る前に煮干しを一度フライパンを使って弱火で煎る。
・煮干しのだしがらは捨てずに佃煮にする。しょうゆ、砂糖、みりんで煮詰めて作る。

「横浜タイムトリップガイド」

会社の先輩がこの本の政策委員会のメンバーということで読み始めた。横浜にもう25年以上も住んでいるのに横浜のことはほとんど知らないのでいい機会だ。
ケーキの不二家、輸入書の丸善、輸入食材の明治屋、これらがいずれも横浜が発祥の地だとははじめて知った。港が文化の窓口だということを実感させる。しかし、今の横浜にその気分はない。

赤毛のアン

NHKの松本侑子さんの講座がきっかけで読むことになった。はまりながらも読み進められないところがあって、結局年を跨いでしまったが、その後読んだ茂木健一郎の「アンに学ぶ幸せになる方法」で、それが気恥ずかしさのようなものによることがわかった。
この本を読んでいて、この本は今の時代に求められているのではないかと思った。
アンの素晴らしいところは、“まっすぐでひたむきでそして感動する力がある”ことだと思うのだが、こういうところが若い世代に失われている、あるいはスポイルされているのではないだろうか?
バブル時代、お受験、子にサービスする親、利益一辺倒の企業、つじつま合わせの政治、低めの目線・・・・、社会全体が本当に大切なものを見失っているのが今の時代なのではないか。
死と向かい合うドラマがもてはやされている。これは死と向かい合ったときはじめて何が本当に大切なのかやっとみえてくるということではないか?しかし、視聴者は感動に涙して、感度できてよかったということのみを心に残して、肝心なメッセージが残っていない。
ドラッカーの言葉に成果をあげるために重要なこととして、「常に貢献を考える」「常に集中する」「目線を高くする」「真摯たること」を挙げている(「経営者の条件」)。アンの素晴らしいところもまさにこの4つであるのは示唆的である。

今週の外食

1/2昼:横浜高島屋で野田岩のうなぎ、1/3夜:馬車道のスペイン料理店「エル・セクレト」で夕食。生ハム、オリーブ盛り合わせ、北海芝エビ、干しダラのサラダ、野菜のグリル、パエリア、お米のプリン、ワインなど少々。どれもおいしく、パエリアはなかなか上出来でした。いかすみが入っている?お値段もリーズナブル。

新春初サイクリング

「根岸線ブログ」用に、新杉田・磯子・根岸の駅の撮影と周辺取材。一旦鎌倉街道を吉野町まで行ってから、川沿いに八幡橋まで戻った。新杉田は新都市交通と京急との乗換駅でもあり、周辺も工場が多いので居酒屋が多く賑わいがあるが、磯子・根岸は結構寂しい。帰りは杉田から栗木へ山越え。途中のインド料理店を見に行ったが、さすがにお休み。一周22.55K。

日影茶屋のおせち





今年ははじめておせちを日影茶屋にした。写真のような見事なもの。海と山の縁起のものがぎっしり。ゆり根と栗のきんとんは珍しかった。食べやすく好評でした。