2008年11月16日日曜日

ハンマースホイ

なかなか見に行けないのだが、日曜美術館で長い時間紹介された。1900年頃作品を残したデンマーク、コペンハーゲンの画家。シベリウスを思わせる静けさや“浄化”、澄み切った透明感を感じさせる。
発展に向けて盛り上がっていた近代化が進むその時代のコペンハーゲンに背を向けるように、室内にこもり、夫婦二人の生活空間を描いた。それも、妻の顔は描かず、後姿を描き、表情の表現を避けた。それは安易な解釈を拒んでいるようにも見える。
ドアにノブや蝶番がなかったり、後ろ足のないピアノ、陰の向きなど、見たものをそのまま忠実に表現しているのでは必ずしもなく、非現実的な部分が画面をすっきりさせる効果をもたらしている。
街を描いても、建物は立派に描くものとされていた時代に背くように簡素、あるときは寂しく、人気をなくして描いた。騒々しい世界に関わることを避けたいと気持ちなのか?
このあたりが今の時代に共感できる要素があるのかもしれない。
我々の住む世界は騒々しさに充ちている。音がないと落ち着かないようにもなってきている。静かに生きたいという気持ちは、できるかどうかはわからないが、憧れの向こうにある。
自分だけの小さな世界、この画家は絵がさして売れることもなく生きていけたのだから、豊かな家に生まれたと思う。生まれ育った環境である“小さく静かな豊かさ”を愛し、その中で生きていたと感じる。
この、“小さく静かな豊かさ”はほぼ同時代のパリやNYの街、そしてそこで描かれた絵画とは異なる感覚だ。
そして、番組の中のコメントの中で、“人間はとかく動くものに目が行くようになっていて、動くものを追うことで見失うものがある”というものがあった。
まわりの変化ばかりを追うことが、今の生活の中心だが、自分か周りに対して感じ、自分の中に生まれてくるものものはおそらく小さな思いだろうが、それを見失わないようにしなくてはいけないと感ずる。

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