2008年11月27日木曜日

ハンマースホイ展

フェルメール展に向かう人に比べて圧倒的に西洋美術館に向かう人は少ない。こういう絵を混雑した中で見るのはいやなのでうれしい。 事前に日曜美術館で見ていたのでびっくり!はない。
「静かな詩情」というサブタイトルがついているが、単にそういうことではないと感じた。不思議さとか、奇妙さ(これは1枚の絵の中に2つの視点があるとか、影の向きが異なるとかいうことから感じるのかもしれない)とか、ある種のアブノーマルさや狂気などを感じる。これはテレビでは感じ得ないことで、やはり見に来ないとダメだ。
ハンマースホイはかなり限られた空間の中で生活して絵を描いている。“私は常にこの部屋のような美を思っていて・・・」とハンマースホイは言う。しかし、そもそもこの生活を愛していたのだろうかということさえ考えてしまう。
「後姿」「省略」(道を頻繁に走っているはずの車、ピアノの脚、ドアの金具の取ってなど)「人気のなさ」「笑顔のなさ」「静寂」「会話のなさ」「拡大した部分」「無音」「物音がしない空間」「大きめのキャンバスから切り取って出来ている完成部分」(この部分は絵の説明にあった)「生活感のなさ」・・・・。
これらは鑑賞して感じたキーワードだが、ここには自分の世界を作り上げるために「はぶく」という作業が全体的になされているように思う。
リルケがハンマースホイとつながっていた。さもありなんか。
最後に、「大きめのキャンバスから切り取って出来ている完成部分」と書いたが、望遠鏡で覗くような距離感という説明があったが、自分の写真の撮り方に通じる。何か対象に対する態度で共通する部分があるのだろうか。

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