2009年8月14日金曜日

「下流志向」内田樹

①「子供は就学以前に“消費主体”として自己を確立する」
“消費主体”としては子供でも一人前のプレーヤーになれる。その経験がもたらす(一人前として扱われる)しびれるような快感。かって子供はそんな快感とは無縁だったはず。同様にゲームでもそのような快感は得られているのだろう。このような達成感や快感は、昔は野球でヒットを打ったり、試合で勝ったりすることで時たま得られていたが、それは勝ったり負けたりという経験を伴うものだった。消費やゲームは勝ち負けのない一方的な勝ちゲームである。その偏り方はいいこととは思えないのだが。
②「わからないことがあっても気にならない」
なんだかわからないものは「ない」とする。これは鈍感になるという“戦略”とのこと。過剰な情報社会においては必要なリテラシーのひとつにも思えるが、人間関係の中では気になるところ。
③「自分のことは自分で決めるという自己決定権への固執」
人は何かをするに当たって、内発的に動機付けられることが大切であると、望ましいとされてきた。それが、“自分のことは自分で決める”への固執や不利な選択(例えばニート)でもいいとなるとそれは少し違うのかもしれない。“クリエイティブでやりがいのある仕事”に固執して、いつまでも“青い鳥さがし”をする。それでも食べていける時代ということか?

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