2011年2月26日土曜日
2011年2月24日木曜日
「短歌の友人」穂村弘
短歌もまた詩であり、そしてまたコピーライティングにも通じるものがあると思わせる。
いくつか気になった短歌。
・カップ焼きそばにてお湯を切るときにへこむ流しのかなしきしらべ
*”へこむ流し”→実感があるなあ
・たくさんのおんなのひとがいるなかで/わたしをみつけてくれてありがとう(今橋愛)
*何て素直なんだろう
・夢らしきものの手前の現実をずっと過ごしているわけだけども(脇川飛鳥)
★ポイント2つ
①言葉を軽く握る:言葉を詰め込みすぎない
②言葉のカテゴリーの越境
しかし、俵万智さんはすごい。万智さん以前、以後という概念があると思わされる。
・「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵万智)
短歌は俳句より自由な表現であるように思う。
いくつか気になった短歌。
・カップ焼きそばにてお湯を切るときにへこむ流しのかなしきしらべ
*”へこむ流し”→実感があるなあ
・たくさんのおんなのひとがいるなかで/わたしをみつけてくれてありがとう(今橋愛)
*何て素直なんだろう
・夢らしきものの手前の現実をずっと過ごしているわけだけども(脇川飛鳥)
★ポイント2つ
①言葉を軽く握る:言葉を詰め込みすぎない
②言葉のカテゴリーの越境
しかし、俵万智さんはすごい。万智さん以前、以後という概念があると思わされる。
・「寒いね」と話しかければ「寒いね」と答える人のいるあたたかさ(俵万智)
短歌は俳句より自由な表現であるように思う。
柳生家の家訓
2/20放送の「私が子供だった頃」、出演は柳生博さん。
柳生家の家訓は、「男の子は13才になったら一人旅に出る」というもの。
柳生少年が向かったのは八ヶ岳。無人駅で寝泊まりしながら1カ月を山野を歩いて過ごす。
戦後満州から引き揚げてきて八ヶ岳の林野を開拓する青年のところに留まり開拓体験をする。
そして原生林での不思議な体験をする。
そして、これはのちに柳生さんの「八ヶ岳倶楽部」につながっていく。
1937年生まれの柳生さんが13才といえば、1950年。まだ少年が一人旅をするような時代でもない頃の話。ちゃんと生きて帰れるかもしれない旅。うならされる。
「野良仕事」とは「野を良くする仕事」。印象に残る言葉。
柳生家の家訓は、「男の子は13才になったら一人旅に出る」というもの。
柳生少年が向かったのは八ヶ岳。無人駅で寝泊まりしながら1カ月を山野を歩いて過ごす。
戦後満州から引き揚げてきて八ヶ岳の林野を開拓する青年のところに留まり開拓体験をする。
そして原生林での不思議な体験をする。
そして、これはのちに柳生さんの「八ヶ岳倶楽部」につながっていく。
1937年生まれの柳生さんが13才といえば、1950年。まだ少年が一人旅をするような時代でもない頃の話。ちゃんと生きて帰れるかもしれない旅。うならされる。
「野良仕事」とは「野を良くする仕事」。印象に残る言葉。
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