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2010年9月5日日曜日

コブクロの”I love you”

歌はうまいが、尾崎豊との違いは「瀬戸際感」がないことだろうか。これは仕方のないことだが。

2008年7月19日土曜日

インプロビゼーション②

キースジャレットのソロコンサートを聴いての感想。
全体は動と静で構成される。
<動>元気、高揚、エナジー、楽しさ、自由な、メロディラインが綺麗、意表をつく、みちくさをする、調子がいい、モチベーションが歓喜される、パワー
<静>思索的、瞑想、妄想、キラキラ、華やかな時折の高音、ときめき

インプロビゼーション①

キースジャレットの「サンベアコンサート」にはまる。
インプロビゼーションというものを再確認。
自動記述、無意識、夢、そんなことが気になっていた20代の頃を想う。
最近レゴを使ったワークショップの話を聞いたが、こういった手作業も一種の自動記述だったり、インプロビゼーションだったりするかもしれない。
しかし、ジャズのインプロビゼーションは技術力や音楽的構想力や発想力が必要だから、無意識とは異なるのかもしれない。
何だかもやもやするが、とりあえず。

2008年6月21日土曜日

Jason Mraz

最近お気に入りのJason Mraz。2曲目をラジオで聴いて購入し、3曲目の”ラッキー・フィーチャリング・コルビー・キャレイ ”にはまっている。まずアコースティックな気分がいい。そして、何だろう。表現が難しいが、優しいメロディらいにもかかわらず、ハートにぐぐっと来るのは何故だろう。今年最大の発見かもしれない。また、うまく感想が書けるようになったら、追加コメントしたいと思います。

2008年4月28日月曜日

アルトサックスを買う

先週木曜夜、ネットでアルトサックスを買う。とうとう買ってしまった。値段は少し控えめ。これで試して、よければテナーはいいものを買いたいもの。予約注文なので、届くのは5月中旬。

2008年4月6日日曜日

虹とスニーカーの頃

「虹とスニーカーの頃」のキーフレーズ”わがままは男の罪”、”それを許さないのは女の罪”。これって、ずっと気にならなかったけど、結論から言えば、「わがままを言う男に罪はない」ということを言っているんだよね。財津さんは団塊の世代だけど、やっぱりそういう価値観の世代なのだろうか。

シンプルなアイデアが重要

昨夜チューリップのラストコンサートをTVでみて感じたこと。
やはりプロは過去の歌だけではダメだということ。そして新しい今の時代にあった曲ができないのはプロとして終わっているということ。また、恋愛の歌をつくるなら、恋愛について”現役”でないとだめかな、ということ。あの頃どうだったという歌は個人的には聴きたくない。
あと、年を重ねると歌詞も曲も気恥ずかしいのか、少し気難しいものになりがちだ。売れるものにはやはりシンプルな素晴らしいアイデアがあるものだ。難しくつくったものは自己満足になりがち。作りこまない、テクニックに走り過ぎない、凝りすぎない。シンプルなビッグアイデアを求め続けるべきだ。ベテランになれば当然テクニックはあるわけだけど、それでは人々の心は動かせない。妄想をたくましくして、世界をつくることが大切。若いときは妄想で想像力が膨らむ。妄想に心をゆだねることに勇気を持つべきかと。そういうことに躊躇ができ、等身大になってきたらある意味引退かなと。

2008年3月9日日曜日

チューリップ

3/7(金)10:00からNHKでやっていたチューリップの番組を録画で見た。今日も帰りが午前様だったが、風呂に入って1時過ぎから録画を見た。レコードも持ってないし、コンサートにも行ったことはないが、72年デビュー、73年「心の旅」で大ヒットのチューリップはフォークル、サイモンとガーファンクル、荒井由実とともに高校時代に最も影響を受けたバンドである。改めてみると、チューリップは財津和夫で持っているようだが、実は「心の旅」はボーカル姫野達也のアイドル的な要素もありヒットしたし、ロックバンドとしての音楽性はギターの安倍、ドラムスの上田で基本がしっかり作られていると感じた。高校3年の学園祭で歌った「心の旅」は歌いすぎてまだ少し飽きているのかもしれないし、まだ気恥ずかしいのかもしれないが、「戦争を知らない子供たち」とともに、10代の頃最も歌った曲である。

2008年2月17日日曜日

ラヴィン・スプーンフルを聴いてゆっくり自転車で走ることについて

車で高速を走るとき心地よい音楽と、自転車でゆっくり走るときや自分の足で走るときに心地よい音楽は違うんじゃないかと思った。いまさら当然なんだけどね。茅ヶ崎から藤沢へゆっくりと海岸寄りの自転車と歩行者のための専用道を自転車で走りながら聴いたラヴィン・スプーンフルの曲は、とてもこの道を走るのに似合ってた。海沿いということもあるかもしれないけど。村上春樹が走るときに聴いているというラヴィン・スプーンフルだが、ゆったり走るときの自転車にもいい。
高速で走るときは、例えば今日の深夜に書いたビーイング系のような疾走感がある曲が心地よい。バブルの頃、その余韻が残っている頃、デートは車全盛の頃、90年代、きっとそういうことなんだろうね。

疾走感のあるサウンド

「疾走感」のあるサウンドが好きだ。とりあえずジャミロクワイのシングルズベストの中の「Canned Heat」を最近聴いていて、この言葉を思い出したのだが、金曜夜聴いた「タイムマシンにお願い」もそうだし、ジャンルはバラバラだが、押尾コータロー、ウェザーリポート(「Birdland」)、増尾好秋と来るとギター系が多いように思うが、ZARD、小松未歩、DEENとビーイング系にも多い。「疾走感」とは軽い表現をすればカッコいいサウンドをもいえるが、エンパワーメントしてくれる音楽ともいえる。

2008年2月14日木曜日

ジャミロクワイを聴いて感じたこと

アメリカの音楽と日本の音楽の違いをジャミロクワイの音楽を聴いてて感じた。
アメリカの音楽で一番重要なのはリズムではないか?そして、それに関係して、ビート、高揚感、グルーブ感、ノリ、ダンサブルであること、アグレッシブということなどが重視されているように思う。そしてドラッグ性のようなものを感じる。
それに比べて日本の音楽はメロディラインがかなり重要視されていて、それがなごみやいやしのようなものを与えている。また、高揚感やノリもメロディラインでつくられているように感じる。
これだけではないと思うが、音楽に求めているものが少し違うように思う。

アンリ・サルバドールの死

記念すべき100回目のブログでは何を書こうかと思っていたら、2/14の朝刊でアンリ・サルバドールが13日死んだことを知った。サルバドールは昨年、TVフランス語講座ではじめて知った。フランス語講座でヨットに乗ってサルバドールがゆったりと歌う「私の島で」は、うっとりするほどの優美なリゾート気分に満ち溢れていて、衝撃的だった。すぐさまアマゾンに注文したほど。昨年9月に来日していたことをあとで新聞で知った。聞いておきたかった。

2008年2月3日日曜日

グルーブ感

僕が好きな音楽に不可欠な要素の中で大きなものが「グルーブ感」である。
ウェザーリポートの「8:30」、ソニーロリンスのテナーやチャックマンジョーネのトランペット、キースジャレットのピアノソロ。太田邦夫クインテットの「フリー&ラブリー」の素晴らしかったが、レコードはあるが、CDが欲しい。チャットモンチーの「シャングリラ」にも同様のものを感じるが、これは異論が出るか。
ウィキペディアによれば、グルーブ感とは、ある種の高揚感を指す言葉であるが、具体的な定義は決まっていない。語源はレコード盤の針溝を指す言葉で、、うねりの感じからジャズレゲエソウルなどブラックミュージック音楽演奏表現する言葉に転じた言葉である。現在は、素晴らしい演奏を表す言葉の1つとして、ポピュラー音楽全般で用いられるが、ジャンルによって感じるグルーヴは様々であるとのこと。また、また「ノリ」を表す言葉である。理論的には音の意識的なズレ・遅れが生み出したりするものらしい。
個人的には、「うねり」「ノリ」「高揚感」「スパイラル的な盛り上がり」「体感的であり、体の芯を突き動かす力があること」かなと思う。
いずれ、「グルーブ感」で曲をピックアップしてコンピを作ってみましょう。

2008年1月20日日曜日

徳山の「again」


寝台特急富士の「乗りおさめ?」の項でも少し登場した「again」だが、もう少し記憶にとどめるために書き足しておく。寝台特急に乗るまで少し時間が空いて、街をぶらぶらしていたときに見つけたジャズのお店。できて11年とのこと。ピアノもあったので、時々はライブもやっているようだった。マスターはサラリーマン退職後にお店を始めたような感じの品のいい初老の男性。TVで野球を流していて、ラクに仕事の後の時間を軽めのジャズとともに過ごせる心地よいお店。二度と来ることはないのだろうが、「富士」の乗り収めの前の貴重な時間を2杯のハーパーとともに楽しませてもらった。地方でこういうジャズのお店を見つけるのはうれしい。稚内や釧路でもはるか昔にこういう経験をしたが、まだ残っているのだろうか。写真は徳山駅前のクリスマスイルミネーション。夜8時に既に駅前の人通りは少ないが、イルミネーションが楽しい。

2008年1月14日月曜日

夢の中に出てきた名前

突然、不思議なことだが夢の中に出てきた名前、「やまがたすみこ」。記憶の遠いかなたには存在するが、ずっと忘れていた名前。余りにも不思議なことあのでウィキペディアで検索してみる。
★やまがた すみこ (旧本名 : 山県寿美子、1956年10月31日 - ) は、フォーク歌謡曲等のシンガーソングライターである。東京都北区出身。作詞作曲者としての名義は山県すみ子。夫は井上鑑。井上鑑の奥さんなんだ。
1973年2月に自作曲を歌ったファーストシングル「風に吹かれていこう/あの人が好きなのに」でコロムビアレコードよりデビューした。高音を生かしかつ暖かい歌い口が持ち味で、ビブラートを抑えた素直な歌唱にはファンが多かった。この曲はすごくよく覚えています。結婚後は表舞台にたたなくなったが、2004年にはCDも出しているとのこと。

2008年1月10日木曜日

僕等の時代

オフコース1980年の曲。作詞作曲小田和正。「時に愛は」のB面。最高位35位。
そうか、そんなには売れなかったんだ。
歌詞は、
・・・・・・・
あの頃に戻って、やり直したいこと
誰でもそれぞれ、心の中に
時は移り行くもの、明日を見つめて
あの頃は時々、振り向くだけにして

まだ若い頃の小田和正のハイトーンボイスは、今もハイトーンボイスだけど、
やはり若い危険さに充ちた、あの時代の若い女性を虜にしただけのことはある
素晴らしい声だ。
自分もまだ20代半ば。その頃のことは時々振り向くだけにしたいけど、
最近はしばしば振り向きたくなる。いかんなあ、
でも、このあと、何曲か振り向いて見ましょうか。

2008年1月6日日曜日

旅の終り

「旅の終り」は、30年ぐらい前、北海道を気ままに旅していた頃、ユースホステルでよく歌った歌です。「こんなつらい旅なんかもうイヤだ、旅を終わろう汽車に乗ろう」というフレーズが、ずいぶん思い入れを込めてその当時歌っていたのか、今でも大きな存在感をもって記憶の中の残像を残しています。

【作詞・作曲】舟橋俊久 【編曲】石川たいめい
1)夢のような旅だった 遠い北の国の
ボクは旅の喜びと  旅のつらさを知った
北の国の少女たちと すごした夢のせつな
今日は君も他の街へ ボクも他の街へ
こんなつらい旅なんか  もうイヤだ旅を終わろう  汽車に乗ろう

2)共に山に登ったね  君と手をとりあって
共に海を見ていたね 水は青く澄んで
君の心 清く澄んで ボクの心がとりもどす 海の青さ

3)人と人との出会いなんて  いつも別れで終わる
ボクは君のくれた夢を  明日も 持ち続けよう
こんなつらい旅なんか もうイヤだ 旅を終わろう  

汽車に乗ろうこんなつらい旅なんか  
もうイヤだ 旅を終わろう  汽車に乗ろう

徳永英明の「まちぶせ」

話題の徳永のカヴァーシリーズだが、石川ひとみの「まちぶせ」は余りにも暗い。「まちぶせ」ということば、それ自身がそもそも暗いのだが、徳永の歌はそれを増幅するかのように暗い。30年近く前付き合っていた女性が石川ひとみにとても似ていたことを思い出した。人間、かわいいだけでは関係が続かない、そのことを感じさせてくれた女性だった。