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2011年2月22日火曜日

南寄りの風

不思議にも
気持ちの揺れを見透かすかのように
南寄りの風が吹く

はじまり

深い森の奥のような、
夜の暗闇の中から、
ほのかに浮かび上がったように芽吹いてきたものは、
本物だろうか?
そして、そのときに咲いていたものは花びらを落とすのだろうか。
久々に巡ってきた季節の行方は知れない。
まだ、池の底から湧き上がってきた小さな泡のようなものなのだが、
自然のままに、心の中で育つのを待とう。

2010年6月3日木曜日

初夏は豊饒

6月初夏は豊饒だ
草木がこんもりした様はまさに豊饒だ
多忙な中で、それに気づけたことがうれしい

2009年11月21日土曜日

お気に入りの野比海岸にて

波の音が今日はいいから(少し荒れ気味ということ)、
こんなときに音楽を聴くのはもったいないと思う
今日は日ざしが、11月後半にしてはとても穏やかでいいから、
お日さまに向かい座っていないともったいないと思う
沖合いに釣り船らしき船が一定間隔を置いてたくさん並ぶように停泊している
今日は何が釣れるのだろうか
この日ざしの心地よさに負けて僕ならビールを飲んでしまうだろう
時折ウィンドサーファーが通過していくがこの浜では孤独だ
砂浜の投げ釣り客も孤独だ。おまけにちっとも釣れてない
波の音と海風と心地よい日ざしに、満腹の昼食の後だから睡魔が近づくけど、
帰り道はまだ遠くて、こんなところで昼寝はできない
折りたたんだ自転車を収納する袋も今日は持ってないしね
詩というよりもいまいまの心地よさを書き留めておきたくてペンを取る

2009年11月7日土曜日

柳島海岸石畳にて

11時を過ぎて日差しが強くなり、風も心地いい
ここのところ寒かったのがうそのよう
海は太陽の光で水面がキラキラ、銀細工のようにきらめき、
波の音はわすれていたものを呼び起こすように、昔の記憶を刺激する

そう、感じたら、ヘッドホンステレオの音が邪魔になり、耳からはずす
手繰ろうとしていた記憶は何だったのか
それは、するりと逃げ去り、目の前には真っ白なキャンバスだけが取り残されている
その前にたたずむ私は描く題材を持ち合わせていない
空気を感じ、光を感じ、風を感じ、自然の奏でる音に耳を澄ますとき、
自分の中の何かをとろかされたようで、とろかされたあと、何が出来上がるのか
想像もつかない

この柳島の石畳のような場所は、実は終着駅のようで気に入っている場所のひとつだ。
何か懐かしさのようなものがここにはある。
岩に砕ける波の音はひとつの要素だが、日差しとか風のにおいとか、、
そんなものも大切なパーツだ
海は、当然だが、魚とか海藻などの生臭いにおいがつきものである
漁港はたいてい臭いし、騒がしい
この場所は、そんなものは無縁で、ただ地球や海を感じさせてくれるものだけがあり、
そういうものに向かって、作られた舞台のような石畳で、僕はひとやすみする
靴を脱ぎ、ソックスをとり去って、石畳の上に仰向けに寝転がってみると、
そんな中に入り込み、ひとつになれるような心地よさが与えられる。まさに至福のとき。

2009年11月6日金曜日

いつだって(仮)

いつだって、いつだって
いつでもあの頃の気持ちに戻れるとわかってる
奇跡のような出会いがあり、
奇跡をものにできないもどかしさが、
あの頃の僕だった
ただ君の影を追うことが楽しく、
ただそれだけで、生き生きと生きられた
何十年過ぎても、あの日の君は僕の中ではあの日のままで
青春の淡い記憶は奇跡のようにあの時のまま

いつだって、いつだって
いつでもあの頃の気持ちに戻れるとわかってる
季節がいくつか過ぎ
木枯らしが吹き始める季節になっても
奇跡を生かせずにいたあの頃
一歩踏み出すことができずに
一歩踏み出すことが怖くて日々は過ぎて行った
何十年過ぎても、あの日の君は僕の中ではあの日のままで
変わらない記憶は奇跡のようにきれいなまま

奇跡を生かすかどうかが人生かもしれないけど、
奇跡を夢のまま残しておいてよかったのかもしれない
あの頃の気持ちに戻れることで素敵な時間が生まれるのだから

2009年4月2日木曜日

春の嵐

春の雨、雨というよりは春の嵐
土砂降りの雨
全てを洗い流してくれるような激しい雨
花粉も心の重荷も。
春の嵐というけれど、こんなにはっきりした春の嵐も珍しいね
長い冬が終わるには、こんな雨が似つかわしい

2008年8月28日木曜日

wednesday

はじめての長いポエジイ。・・・・・では、

柔らかい女性ジャズボーカルが店の隅々まで届く空間
外はてんとう虫柄のテーブルクロスの机
その向こうを午後8時過ぎであることに関係なく、自転車で疾走する男
そして、机の脚もとには、お店の看板猫
交差点は信号が待ちきれない車が、
大桟橋帰りの人たちが、そそくさと通る
樹皮が街灯に照らされて存在感を示す樹齢深い木々
メニューを見ては通り過ぎる男女
何かこのお店のメニューに不満があるのだろうか
選びにくいのか、too muchなのか

曲が変わり、
これから大桟橋に向かう男女
初秋の大桟橋で愛でも語ろうというのか
そんなことは遥か昔、嫉妬と妬みとジェラシー・・・同じことか
まだ、8月だけど、空気と風は、もう夏の匂いを失っている

僕はきっと何かを取り戻したいんだろうと思う
今日一日を何かに捧げてきたから、なくしたものを取り戻したいのだと思う
思うまま食べて、そしてビールを飲んだ、ビールをガラスのボトルからそのまま飲むのはスローライフっぽくていいね
いつものラッキーストライクをふかせ、読み始めたばかりの小説の縦組みの活字に目を滑らせる
外の気配と流れる音楽に包まれた時間
静かな音楽と空調の音
この場所では時間はゆっくり、ゆっくりと流れ行く

僕はこの場所で誰かを待っているのかもしれない
そうでないなら,別れた誰かとの記憶を洗い流すためにここにいたいのかもしれない
右折する車の動きが、美しいと思うことはないだろうか
何かに逆らって動いているようにも思う
こういう時間にはポエジイが書ける

時々交差点を行きすぎる車のヘッドライトが眩しいのだが、
それはそれで心地よかったりする
眠くなってきたし、アルコールも回ってきて、だるく、
もう今日は終りだね
こういう過ごし方をしていると、Wednesdayが好きになりそう

もう書くのはやめようと思っていたけど、
今、目の前を通り過ぎたのは何というタイプの自転車なのだろう。
こんな時間に、寝そべって漕ぐ自転車で走る奴がいる
一日の仕事を終えて、大好きな自転車にまたがっているのか?
この辺は浮世離れした奴が住んでいるんだなと思う

こうやって外で、自分の好きな空間を作って、自分だけの時間が過ごせるのは素敵だ
でも、お客さんが来ないから、帰れないなあ
そうしたら、外に出ていたらしいお店の猫が戻ってきた
「もう、帰る時間だろ、帰んなよ」とでもいうように
黒猫も店の奥から、顔を覗かせていた

2008年8月21日木曜日

@JACK CAFE

cat under the chair,テーブルはてんとう虫
前脚で顔をぬぐい、
お店の若い女性の撫でる手にいつものように?思い切り甘える。
まだ暑さの残る夕べ
やさしいテンポのジャズが流れる中で、
ここにしかないゆったりした時間が流れる。
僕はビールとアボガドサラダとイタリアンハンバーグの夕食、
そして食後にウィスキーのダブル。
週末金曜のような時間。でもまだ水曜の贅沢な時間。

2008年8月17日日曜日

クールダウン

夏休み最後の日。
クールダウンには、
小雨交じりの曇天でよかったかもしれない。
きっと、夏の日差しに誘われて、また遠出していただろうし。

2008年6月30日月曜日

雨音が聴こえるバーで

鉄線が入って斜めにはめ込まれた窓を滴る雨は、
僕に似合わない気障な言葉を使わせる。
静かに雨が窓を滴り落ちるとき、
僕は次第にこの空間にいる意味を知るのだ。
思いがけず饒舌になる夜。