2011年2月24日木曜日

柳生家の家訓

2/20放送の「私が子供だった頃」、出演は柳生博さん。
柳生家の家訓は、「男の子は13才になったら一人旅に出る」というもの。
柳生少年が向かったのは八ヶ岳。無人駅で寝泊まりしながら1カ月を山野を歩いて過ごす。
戦後満州から引き揚げてきて八ヶ岳の林野を開拓する青年のところに留まり開拓体験をする。
そして原生林での不思議な体験をする。
そして、これはのちに柳生さんの「八ヶ岳倶楽部」につながっていく。
1937年生まれの柳生さんが13才といえば、1950年。まだ少年が一人旅をするような時代でもない頃の話。ちゃんと生きて帰れるかもしれない旅。うならされる。
「野良仕事」とは「野を良くする仕事」。印象に残る言葉。

2011年2月22日火曜日

南寄りの風

不思議にも
気持ちの揺れを見透かすかのように
南寄りの風が吹く

はじまり

深い森の奥のような、
夜の暗闇の中から、
ほのかに浮かび上がったように芽吹いてきたものは、
本物だろうか?
そして、そのときに咲いていたものは花びらを落とすのだろうか。
久々に巡ってきた季節の行方は知れない。
まだ、池の底から湧き上がってきた小さな泡のようなものなのだが、
自然のままに、心の中で育つのを待とう。

2011年2月19日土曜日

カメラは詩的な遊びなのだ

かねがね感じていたことを書いてくれている本。
・写真を詩的な存在にまで高める方法
・日常生活を少しでも詩的に見なす遊び
・カメラがなければ何気なく素通りする一瞬をすくい取る
・詩的カメラ生活
・生活というのはずるい奴だから、我々を少しずつむしばんでいく
・生活からある程度の距離をもって、見下ろす
・非日常的な中に身を置くことでいい写真が撮れるわけではない

今週の外食

(火)昼:カキフライ、(水)夜:渋谷「唐そば」のつけめん、(木)夜:「高はし」のつけめん、久しぶりに行く、ちょっと醤油がきつく、チャーシューも多い、ラーメン+醤油卵で充分か、この日は暖かかったので、ラーメンでなくつけ麺にしてしまった、(金)夜:「スクニッツォ」

2011年2月16日水曜日

野茂英雄

1995年、そう、アメリカに野茂がデビューした年。いち早く野茂の試合をNHKが朝の早い時間帯にリアルタイムで放送し、ストレートやフォークでの三振奪取にわくわくしながら、一方でボールの多さにどきどきしながら見たものだった。そう、野茂からはじまったのだ。イチローも松井も野茂のおかげだ。
球界と日本人を敵に回してもアメリカに敢然と挑戦をしに行った野茂は正しかったのだ。それは歴史が証明している。
・野茂以前野茂以後
・みんな野茂に感謝すべきだ
・トルネードという異型・個性、自分に責任を持つということ
・日米の野球を変えた男
・日本人のイメージをアメリカにおいて変えた男

2011年2月13日日曜日

お通夜

今夜は会社の先輩のお通夜だった。
厳しい人でもあったが、もう一面の優しそうな表情の遺影。いい遺影だ。
お父さんそっくりの娘さん。聡明そうで、やさしそうで、父を失った悲しみの涙が頬を伝っている。
まだ、逝くのは少し早かったですね、と思う。
でも、素敵なお嬢さんを残せて満足されている部分もあるのかなと思う。合掌。